東北のその後〜お客様から寄せられた声

まだ残骸が町中にあります。
自分の部屋にもゴミなんだか、なんだかわからんものがまだありますよ。
流石に紙の物はいくらか処分しましたけど。


この先どうなるのか不安です。
生まれた町の実質的な人口も8000人位になったそうで、町としての機能はない感じです。


例年なら山菜も食べれる時期ですが、今年も食べれません。
採って来て食べてる人もいますけど、放射線まみれです。広報でも入山禁止されてる箇所もあり山菜採りはダメと記載してます。
まず、30年後位に影響でるそうなので、若い人以外は山の物を食べたり、山に登ったりしてますけど。
いつか欲しい子供の事を考えたりすると、たいそう不安です。。。
日本のあちこちで放射能がでてます。騒いで混乱させる気もないですけど、みんな浴びまくりです。
水も山から来てるのです、アウトですね、飲みますけど。
人にダメなものは、動物にダメなのに。どうなる。。。


ゆるくした基準値をなお越えてる野菜が採れてますし。出荷できない農家も切ないです。
海のものもですが、海産物は比較的緩い感じですけど。
海もどうなるのか不安。山も。そして来年になると住むところも無くなるので不安。
先日桜を見に行った時も、横で放射線チェックしてる職員さんがいて、う〜ん…でした。(2012.5)


ライン

震災直後、私達いわき市民は大地震、そして大津波から避難する事・原発問題とありとあらゆる問題からパニック状態となりました。

とくに 原発事故からくる放射能問題を恐れ 県外から来る流通(配送関係)もストップ状態になり
食料品及び日用品・燃料なども約半月くらい手に入らない状態になりました
。 私達家族には幸い死者はおりませんでしたが 一階が駐車場の造りで二階が住まいの自宅が倒壊しました。
もし、地震のときに一階駐車場に誰か家族がいたらと思うと今でもゾッ…とします。

いわき久之浜という所に私の親友がいましたが ここは津波の被害がもっとも酷く…私の親友の家は跡形もなく、残念ながら彼女の一家(四名)は いまでも行方不明のまま帰ってきません。
久之浜が壊滅状態だと聞き震災後3日目に親友を探して主人と避難場所を歩き聞き回りましたが
皆[あそこらが一番酷かったからな…生きてるのか?どうだか?]と口々に言われ…
海を見つめて主人と涙をこぼしたのを覚えてます。
いわき市久之浜の状態はまるで空爆を受けたような状態で どこに何があったのか?わからぬ程の惨状でした。
(※現在も家はほとんどありません。そこは死者もかなりおり、夕方や夜などは真っ暗になるため誰もそこを通りたがりません。)
先週、キラキラ光る綺麗な海に主人と子供達とで手を合わせに行きました。
親友一家が大好きだった海です。

それから原発問題についてです。
安倍総理は解決したなどと言っておりますが一切解決などしておりません。
原発から倒壊した建物より今も放射能は福島県だけにとどまらず拡散されて各地に飛んでいると聞いてます。
当然ですよね…2号機は破壊されたまま…屋根などない訳ですから放射能は空に飛ぶだけです。
汚染水が溜まれば今も海に流してる現状です。
そして 今でも燃料棒の冷却は人の手によって行われております。

※福島県内(県外でも)…子供達の甲状腺ガンが増えているのにも関わらず国は因果関係は認められないと無視してるそうです。

避難民達の里に帰れない辛さ・切なさで自殺などもありました。
国ではまとめて避難民のストレスからくる自殺などと言い、かたずけているようですが[癌死]の方も最近かなり増えてきていると聞きます。
震災後、避難する際に、高被爆したためだとも話す避難民の方もいました。
避難する際に東電の手違いで[風向き方面]に向かって避難させられたそうです。
呆れた話ですが事実です。

なぜ?人間の手におえるはずもない原発を作るのでしょうか?
良い事など何もないのに…
[福島県]だけの問題!と勘違いなさってる方々がいますが、いいえ!!放射能は貴方がたの頭上にも今も降り注いでます!
これは国民すべての問題ですよ!と言いたいですね。 (2014.9)




娘さんへのプレゼントです。お婆様の形見の石を、長く身に着けられる形に。